頑張ると言うことの続き

 

前回からの続きですm(__)m

息子は小学校3年生から高校3年生までの9年間、
学校の授業以外のほとんどの時間を全てサッカーに
費やしていた。



ボールを初めてちゃんと蹴ったその日に、
監督やコーチから言われた「才能がある」と言う言葉を
真に受けた夫と私は、それこそ、その日を境に、
多くの時間を息子のサッカーに費やすようになった。

5年生になる頃には、家の庭は夫が張り巡らしたライトで、
夜、何時になっても練習ができるようになっていた。

親である私たちだけでなく、
周りの大人たちの息子に対する期待は高く、
地元の中学から高校はサッカーの強豪高校へ進んだ。

だから、私は、息子は将来Jリーガーになるのだと、
ずっとそう信じて疑わなかった。

が、

息子は高校3年生になる時にサッカーをやめた。

今年26歳になるそんな息子に、

まず、前回ブログで書いた「頑張る」と言うことに
対する私の持論を伝え、

それから、

「知也(息子)にとって、「頑張る」ってどういう状態を言う?
 周りの人から「頑張れ」って言われると、どう思う?」
 
と聞いてみた。

息子は、

「なるほど。お母さんの持論はわかる気がする。
 俺は子供の頃から、もっと頑張れ、もっと頑張れ、
 もっとできる、もっとできるってずっと言われていたから、
 周りから頑張れって言われると嫌になる。
 今もそういうところはある。
 
 嫌になる理由はプレッシャーを感じるから。
 オレはプレッシャーに弱いからさ。だから、よし、
 頑張ろうと思う前に、放っておいてくれ、と思う。」

と言った。

やっぱり(-_-;)

私と全然違う。

「サッカーが好きだったし、俺なりに一生懸命やってた。
 でも、練習や試合が終わると必ず監督やコーチから
 「もっと頑張れ」「もっとできる」って言われた。
 だから、だんだん、サッカーが楽しくなくなった。
 とにかくサッカーで褒められた覚えはほとんどない。」

と言った。

周りの大人たちが発する、

「もっと、頑張れ」

や

「もっとできる」

は、

「今のままではダメ。」

と言う否定形で息子に届いていたことがわかる。

母親である私がその時にちゃんと息子を見て
気持ちをちゃんと受け止めていたら、
もしかしたら違う展開になっていたのかも知れない。

「お母さんがさ、俺が夜庭でお父さんと練習してることを
 誰かに話してたんだよね。嬉しそうに。オレ、その時、
 「あー、オレがサッカーすると嬉しいんだな」って、
 子供ながらに思ってさ。だから、サッカーをやりたい、
 うまくなりたいと言う目的が、いつのまにか親を
 喜ばせる手段になってたんだよね。
 
 それで、うまくいく人はいいんだけど、オレはダメだった。
 周りの高い期待に対して失望させたくないし、自分も
 失望したくなかったから、結局逃げてたんだと思う。」

と息子は言った。

わかる、わかる、わかる(涙)

でも、

それがわかるのは今だからで、

悲しいかな、当時の私にはわからなかった。

わかろうとしなかったと言うほうが正しい。

夫も私もどうすれば息子が、

「もっと頑張り、もっと出来るようになる」

か、そればかり考えていたように思う。

「その頃にわかってあげられなくて、ごめんね。」

と言葉にすると涙が出そうだったのでそれを飲み込み、

「そうか。そうだよね。わかる。
 お母さんも今になってやっとわかる。」

と返事をした。

「頑張れ」という声をかけられ、
本人は頑張った、にもかかわらず、
そこはスルーされて、結果を否定され続けている・・・と、
そう解釈していれば、そりゃ、嫌にもなる。

よな。

あーーーーーーーーー。
そりゃ、そうだよね。

そして、息子がこんなふうに続けた。

「お母さん、クミナミ(双子の妹)にも聞いてみ?
 あいつらはどうなんだろうね。」

双子の娘たちも、小学校2年生から1人は8年間、
1人は12年間どっぷりサッカー漬けだった。

「そうだね。聞いてみる。」

と言って話を終えた。

双子の娘たちは、息子同様、いや息子よりも、もっと、

「もっと頑張れ」
「もっとできる」

と言う言葉を全身に浴びながら育ってきた。

早速、聞いてみよう。

この続きは、また、明日。

もとい、

また、あとで。